すべて試したのに、幸せになれない
☕ このように過ごしてみてください 心を楽にして文章の流れをひと通り眺めたあと、画面下の音声に耳を傾けてみてください。すべて聴き終えたら、最後にある「一緒に考えてみましょう」の問いに答えながら、心に残った思いを静かに整理してみるのもよいでしょう。
幸せを願う心
私たちは皆、幸せになりたいと願っています。人間関係や仕事、お金やさまざまな経験を通して幸せを探しますが、欲しかったものをある程度手にしたあとも、「もう十分だ」と言えないことがあります。なぜ幸せは長くとどまってくれないのでしょうか。私はこの率直な問いを、あなたと一緒に伝道の書の前に置いてみたいと思います。
伝道の書の語り手が幸せを求めて試したこと
伝道の書には、楽しみや財産、大きな事業や豊かさを幅広く経験しながら、幸せとは何かを確かめた記録があります。私はこの話を、何かを経験してはいけないという単純な命令として読みたくはありません。むしろ、何が私たちの心を最後まで満たすことができるのかを一緒に問うための省察として読めたらと思います。
伝道の書 2:1-10
楽しみのあとに残るむなしさ
笑いや楽しみは、しばらくの間、私たちに力を与えてくれます。しかし、いつまでも続く答えにはなれません。だからといって、喜びを嫌ったり、あらゆる楽しみから遠ざかったりしようということではありません。私は、伝道の書が語るむなしさを通して、つかの間の高揚感に人生のすべての期待をかけるとき、どのような空白が残るのかをあなたと一緒に振り返りたいと思います。
伝道の書 2:2
成し遂げる喜びと、それに伴う思い煩い
何かを成し遂げることには、確かな喜びがあります。しかし、より大きな仕事を引き受け、より多くのものを守ろうとするほど、心配や重荷も一緒に大きくなることがあります。伝道の書には、夜も休めないほど働いたあと、自分の手で成し遂げたことが、風をつかもうとするように感じられたという告白があります。達成することには価値がないと決めつけず、それでも達成だけで幸せが完成するという期待については、一緒に静かに振り返ってみたいと思います。
伝道の書 2:11
伝道の書 2:22-23
手を離れていくものと知恵の限界
私たちが働いて成し遂げたものも、いつかは自分の手を離れ、ほかの人に残されます。知恵や知識は人生の役に立ちますが、あらゆる不安を消したり、完全な幸せを保証したりすることはできません。持っているものや知っていることの価値を否定する必要はありません。ただ、それらが人生の最後の答えになれるのかを、あなたと一緒に問いかけてみたいと思います。
伝道の書 2:18-20
伝道の書 1:18
日々の中で与えられる喜びに気づく
伝道の書は、食べたり飲んだりし、自分の働きに満足を見いだすことも、神がくださる贈り物だと教えています。これは、際限なく物を持ち、快楽を追い続ける生き方とは違います。仕事や食事、才能ややりがいなど、私たちに与えられている日々の喜びを、感謝して味わってみてはどうでしょうか。幸せは、もっと多くを積み上げることだけにあるのではなく、今そばにある良いものに気づくことの中にもあります。
伝道の書 2:24
伝道の書 2:26
二度と渇かない満たしを求めて
イエス様は、二度と渇くことのないいのちの水について語られます。この世の楽しみや達成は、しばらくの間、喜びを与えてくれるかもしれません。それでも私は、神に出会う喜びこそ、より深く、長く続く希望だと信じています。今の生活を捨てるよう迫るのではなく、私たちがどこに幸せを探しているのか、落ち着いて振り返ってみませんかとお招きしたいのです。
ヨハネによる福音書 4:13-14
☕ 一緒に考えてみましょう
- 自分が幸せを期待して、最も多くの時間と力を注いでいるのはどこですか。
- 何かを成し遂げることや楽しむことには、それぞれどのような良さと限界があると感じますか。
- 今日という日常の中で、感謝して味わいたい小さな喜びは何ですか。