苦しい人生、まことの安らぎ
☕ このように過ごしてみてください 心を楽にして文章の流れをひと通り眺めたあと、画面下の音声に耳を傾けてみてください。すべて聴き終えたら、最後にある「一緒に考えてみましょう」の問いに答えながら、心に残った思いを静かに整理してみるのもよいでしょう。
速さより先に問うべき方向
「人生とは何でしょうか。」伝道の書が投げかけるこの問いから、私たちも目をそらさず向き合えたらと思います。私たちは夢を描き、人と関わり、仕事をしながら忙しく暮らしていますが、どこへ向かっているのかを振り返る時間を見失いがちです。私は、速く進むことよりも、まずどこを目指しているのかを確かめることのほうが大切だと思います。
伝道の書 1:12-13
誰もが背負う重荷
人生には喜びもありますが、簡単には下ろせない責任や心配もあります。伝道の書は、人生の労苦や苦しみを隠しません。つらいことが起こるのは自分に足りないところがあるからだと責め立てず、私たちは皆、それぞれに限界と重荷を抱えて生きているのだということを、まず一緒に認められたらと思います。
伝道の書 1:13
イエス様が語られた安らぎ
イエス様は、疲れ果て、重荷を負っている私たちに、ご自分のもとへ来るよう語られます。私はこの招きを、あらゆる問題がすぐに消えるという約束として単純に語りたくはありません。すべてを一人で何とかしようとするところから一歩退き、イエス様に依り頼んで生きるとき、私たちは心の安らぎを少しずつ学んでいくことができます。
マタイによる福音書 11:28-30
自分では正しにくいもの
伝道の書には、曲がったものをまっすぐにすることは難しく、足りないものをすべて数えることはできないとあります。人間関係や社会、そして私たち自身の心には、努力だけでは簡単に解けないことがあります。私はこの現実から目をそらさず、それでもイエス様が来られることによって曲がった道がまっすぐにされ、険しい道が平らにされるという希望を、あなたと分かち合いたいと思います。
伝道の書 1:15
ルカによる福音書 3:5
足りなさの中で受ける満たし
伝道の書が示すように、私たちに足りないものは数えきれないほどあります。それでも私は、イエス・キリストのうちに知恵と義と救いを受けるという福音の約束を、一緒に見つめたいと思います。足りなさを否定しようということではありません。むしろ、足りない自分のままで神のもとへ行き、恵みを求めることができるということです。
ヨハネによる福音書 1:16
コリント人への第一の手紙 1:30
まだ完成していない道にある希望
信仰があるからといって、人生の困難がすべて消えるわけではありません。私たちには今も弱さがあり、心が揺れることもあります。その中でも、神が新しくしてくださることを待ち望みながら、今日の重荷を一人で背負わず、イエス様に依り頼む道を一緒に歩んでいけたらと思います。
ヨハネの黙示録 21:4-5
☕ 一緒に考えてみましょう
- 今、自分がいちばん重く感じている重荷は何ですか。
- 一人で解決しようとしていることの中で、助けを求めたり、しばらく手放したりできることは何ですか。
- イエス様がくださる安らぎを思うとき、どのような願いや問いが心に浮かびますか。