復活、いのちの力 — 聞いて理解する
音声について: 本ページの音声は韓国語です。文章は日本語ですが、再生すると韓国語の音声が流れます。
1. 復活はキリスト教信仰の中心です
メッセージは、神についての一般的な信仰とキリスト教信仰の中心を区別するところから始まります。メッセージを語る方は、聖書全体に記された救いの物語を、イエス・キリストの十字架と復活に要約します。十字架は私たちの罪を担われた出来事であり、復活は私たちの救いのために死の力に打ち勝たれた出来事だと説明します。
復活信仰の固有性についての説明
メッセージは、死が人間の経験の中で理解できる事柄であるのに対し、復活は人間の力を越えた神の生きておられることと働きを表す出来事だと語ります。また、他の宗教の創始者の墓とイエスの空の墓を対比する説明も示します。この比較は、メッセージを語る方が復活信仰の固有性を説明するために用いる論証として記録します。
使徒たちの復活の証し
メッセージを語る方は、使徒の働きに現れる初代教会の宣言の中心をイエスの復活として説明します。使徒たちと弟子たちは、権力者たちの脅しと迫害の中でも、自分たちが復活の証人であると伝えました。メッセージは、もしイエスの遺体や弟子たちの偽りの自白が示されていたなら初代教会の証しは崩れていたはずだと主張し、そうでなかったことを復活の歴史性を支える根拠として示します。
メッセージを語る方はウォーターゲート事件をたとえに用い、多くの人が作ったうそは圧力と時間の中で保ち続けにくいと説明します。メッセージで触れられた人数と期間はこのたとえの一部であり、このノートはそれらを別途検証した歴史的数値として示すものではありません。メッセージは、迫害の中でも続いた弟子たちの証しを根拠に、復活は作り話ではないと宣言します。
2. キリストとともによみがえらされました
メッセージは、イエスの復活が昔起きた出来事であると信じることを越えて、その出来事が今信じる人とどのような関係にあるのかを問う必要があると語ります。また、復活を、死んだ人が以前の生活に戻ることと区別します。
私たちを代表されたイエス
メッセージを語る方は、神の御子であるイエスが人のからだを取られたことから十字架の死に至るまで、すべては人を救うための犠牲だったと説明します。イエスが人の罪、失敗、呪いを負い、人類を代表されたことがメッセージの論旨です。これはメッセージで示された神学的説明として記録します。
メッセージは、人間の問題の根を罪とし、罪がもたらした結果を死と説明します。ここでの死には、肉体の死だけでなく、神との断絶とそれに伴う霊的な死も含まれます。メッセージを語る方は、イエスの十字架が罪と死の問題を担われた出来事であり、復活は神の力によってその支配を打ち破り、勝利された出来事だと語ります。
信じる人に与えられた復活の力
メッセージは エペソ人への手紙 1:19-20 を中心に、イエスを死者の中からよみがえらせた神の力が信じる人にも与えられたと説明します。続いて エペソ人への手紙 2:1 と エペソ人への手紙 2:5 を結び、罪と過ちによって死んでいた人を神がキリストとともに生かされたと語ります。
メッセージを語る方は「キリストとともに」という表現を強調します。イエスの復活はイエスお一人のための出来事ではなく、イエスを信じる人が新しく生まれ、神の子となるための救いの出来事だという説明です。メッセージを語る方は、自分が新しく生まれたことを、イエスをよみがえらせた命が自分をも生かした出来事として理解していると告白します。
死の恐れから解放されたという証し
メッセージを語る方は、先天的な心臓の病気を抱えていた一人の少年の臨死体験と回心の話を紹介します。この話はメッセージで伝えられた個人的な証しであり、このノートは体験の詳細や死後の世界についての客観的証拠として確認した事実ではありません。メッセージは、少年がイエス・キリストの名によって罪の赦しを求めた後、死への恐れから解放されたと説明し、これを復活のいのちが人を罪と死の支配から解放するという論旨と結びます。
3. 復活のいのちによって今日を生きます
メッセージは、復活のいのちが新しく生まれることだけに関係するのではなく、信じる人がこの地上で出会う死のような試練を乗り越えるのを助けるいのちでもあると語ります。イエスを信じることは、古い人がイエスとともに死に、今はイエスの復活のいのちによって生きることだという説明です。
試練と落胆の中で働くいのち
メッセージを語る方は、人の力だけでは担いきれない暗闇と落胆が人生を覆うことがあると認めます。復活信仰は、すべてが願うとおりに進むという意味ではなく、死を打ち破られたキリストのいのちが信じる人の内に希望と力を与えるという意味だと説明します。
メッセージを語る方は、愛する家族を失った一人の牧師の証しを紹介します。深い悲しみの中で、祈ることも賛美を歌うこともできる力がなかったのに、聖霊がその人の内で賛美させてくださったという内容です。メッセージはこの証しを ローマ人への手紙 8:26 の御言葉と結びます。このノートは、故人の病気や遺族の身元を再現せず、メッセージを語る方が悲しみの中で経験した聖霊の助けを説明するために用いた証しとして要約します。メッセージで引用された賛美歌の歌詞は、ここには再掲しません。
今も続く復活の証し
メッセージは、信じる人が自分の力だけで信仰を守ってきたのではなく、落胆するたびに内に働かれた復活のいのちによって再び立ち上がってきたと語ります。復活は過去の出来事で終わらず、今も信じる人の内に働き、その生き方が復活の証しになるという説明です。
メッセージを語る方は ヨハネによる福音書 16:33 に触れ、苦難がないとは言わず、世に勝たれたイエスのゆえに勇気を出すよう勧めます。信じる人は自分の力だけですべての困難に勝つのではなく、ともにおられる主の復活のいのちにより頼んで生きるという宣言で、メッセージを終えます。